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無知の玉手箱
~知らないから始まるマーケティング~



以前このブログでも還暦を迎えた話を書きましたが、それを境に健康が妙に気になり始めまして…。そんな中で受けた健康診断で、見事に「高血圧」の烙印を押されました。上(収縮期血圧)が150超え、下(拡張期血圧)も100を超えているとのこと。いわゆる“アウト”の数値です。


お医者さんに行くよう勧められましたが、私は内心ちょっとためらっていました。というのも、「一度血圧の薬を飲み始めると、一生飲み続けることになる」という話をあちこちで聞いていたからです。正直、ずっと薬に頼る生活は避けたい…そんな気持ちで足が重くなっていました。


とはいえ、健保組合からも「産業医に相談してみては?」という連絡をもらい、思い切って話を聞いてみることにしました。

結果、現状の血圧だと確かに薬を出すかどうか微妙なラインではあるけれど、このまま放置すればいずれ何かしらの合併症につながる可能性が高いとのこと。つまり、薬を飲むかどうか以前に、まず血圧は下げるべきだというのが医師の意見でした。


私は「薬は一度飲み始めると一生飲むことになるのでは?」と心配をぶつけたのですが、「高血圧には原因がある。原因が改善されて血圧が下がれば、薬はやめられます」と明快な答えが返ってきました。


よくよく考えれば、「薬を飲み始めたら一生やめられない」と言っていたのは、すでに高齢の方ばかり。医師によると、高齢になると高血圧が慢性化しており、生活習慣の改善だけではもう戻せないケースが多いのだそうです。


そして私にとっての原因は、ずばり「塩分のとりすぎ」。特に昼食はカップラーメンやコンビニのパスタ弁当が中心で、これが血圧に良くないのは明らかとのこと。

というわけで――私はまず「カップラーメン断ち」から始めることにしました。


それから約2カ月。なんと、血圧が上は120台、下も80台まで改善されたんです。自分でも驚きました。塩分控えめの食事は正直あまり楽しくないですが、効果が見えると「もうちょっと頑張ってみようか」という気にもなります。


最近では、食品表示の「塩分量」を見るのがクセになってきました。以前は気にしたこともなかったのに、いまやスーパーで商品を手に取っては「これは塩分多いな」とブツブツ言っている自分がいます(笑)。


今回のことで思ったのは、「年配者あるある」の健康情報をうのみにせず、きちんと医師の話を聞くことが大事だということ。年齢や体質によって改善できること、できないことは違います。人の話を聞いて怖がるより、自分の身体と向き合う方がよほど前向きです。


血圧がもう少し下がって、完全に“正常”に戻ったら…そのときは、自分へのご褒美に大好きなラーメンを一杯だけ食べようと思っています。…でも食べたらリバウンドするんじゃないかと、ちょっとビビってるおじさんです(笑)。

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著名人が亡くなると、テレビや新聞、ネットニュースはその話題一色になります。最近で言えば、長嶋茂雄さんが亡くなったとき、翌日のテレビは一日中特別番組が組まれ、その影響力の大きさを改めて感じさせられました。


人の死には「ニュース性」があります。特に有名人であればあるほど、その影響範囲は広く、社会的関心も高まります。たとえ有名人でなくても、新聞には死亡記事や訃報広告欄が設けられているように、「人の死」は知っておくべき、そして知らせるべき情報のひとつとされています。


PRという立場から見ると、訃報は広報対象にもなり得ます。プレスリリースを出すことで報道されることもあります。ただし、これは他のPR案件と違って「準備しておく」ことが非常に難しいです。人がいつ亡くなるかは予測できませんし、亡くなった直後は会社や家族との調整が必要なうえ、何より感情的にも大変な時期なので、冷静に広報を判断できる状態ではないのが普通です。


また、逆にPRイベントを実施しているタイミングで大きな訃報が報道されると、それまで綿密に準備してきたイベントがニュースとして取り上げられない、ということもあります。どんなに事前準備を重ねても、「報道の優先順位」という壁には勝てない。それが現実です。


最近では、盛大な葬儀よりも家族葬を選ぶ方が増え、後日「偲ぶ会」を行うケースが一般的になりつつあります。偲ぶ会は日程調整が可能なため、広報的に準備する余地もあるかもしれませんが、やはり死後の数日は家族がすべきことが多く、PRどころではないのが実情です。


今日、私がこのテーマを書こうと思ったのは、実は父の命日だからです。父は有名人ではありませんが、そのときの慌ただしさを思い出すと、お葬式をどうするかやこれからの手続きなどを考えるだけで他のことを考える余裕なんて、まったくありませんでした。ですから、どれだけ社会的に影響のある人であっても、訃報時の広報対応まで頭が回らないのは当然のことだと思います。


それでも、会社のトップや著名人が亡くなる場合、その情報をどのように社外へ伝えるかは、あらかじめ検討しておくべき課題の一つです。特に社長や創業者など、影響力のある人物であればあるほど、「訃報の広報対応」も経営判断の一部として捉えておくことが望ましいのではないでしょうか。

 
 

かつて通勤電車の中で、折りたたんだスポーツ新聞を器用に読み込むサラリーマンの姿は、どこか日常の風景の一部でした。私自身も、入社当時はその一人。朝の満員電車でスポーツ新聞を開き、野球の結果や芸能ニュースに目を通すのが日課でした。


しかし今、そんな光景はめっきり見かけなくなりました。スマートフォンが登場して以降、新聞の発行部数は減少を続け、ついには廃刊となったスポーツ紙も出てきています。


この背景には、スマホの普及とともに進んだ「スポーツの多様化」があると感じています。私が子どもの頃、「スポーツ」といえばほとんどが野球一色。テレビも新聞も、話題の中心はプロ野球でした。しかし現在では、サッカーやバスケットボール、バレーボール、ラグビー、陸上、水泳、さらにはスケボーやダンスと、競技は実に多様になり、それぞれに熱狂的なファンが存在します。


こうなると、限られた紙面にすべてのスポーツ情報を盛り込むことは難しく、読者も自分の“推し”スポーツの最新情報をスマホでダイレクトに得るようになります。結果、スポーツ新聞は次第に選ばれなくなっていったのです。


それでも、私は「スポーツ新聞はまだまだPRに活用できる媒体」だと信じています。実際、クライアントによっては「スポーツ紙に載せるのはちょっと…」と敬遠する方もいますが、PR的に効果的な戦略はあります。


例えば、芸能人を起用したイベントを企画すれば、スポーツ紙の記者に取材してもらえる可能性が高くなります。取材された記事はそのままネット版に掲載され、Yahoo!ニュースに転載されるケースもあります。うまくいけばYahoo!トップページに載ることすらある。つまり、スポーツ新聞に取り上げられることが、デジタルメディアへの波及効果を生む起点にもなり得るのです。


時代の流れによるメディアの変化は避けられないものではありますが、それでもスポーツ新聞という媒体が持つ“文化的価値”には、どこか温もりを感じてしまいます。おじさん世代にとって、駅の売店で売られている“あのページ”をドキドキしながら覗くような、ちょっとした背伸びの思い出も、忘れられない要素なのです。

もしかすると、こうした「おじさんの好きなもの」は時代とともに姿を消していく運命なのかもしれません。でも、だからこそ、変化の中にある価値を見出し、活用していく。それがPRの役割なのだと思います。

 
 

著者・橘川徳夫 プロフィール

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中央大学経済学部卒業。大学時代は、落語研究会に所属するほどの話好き(うるさいというのが周りの評価?)。座右の銘は「無知の知」。大学卒業後、電力会社や生命保険会社での勤務を経て、2001年ウインダムに入社。過去の様々な業務経験を活かして、PR業務に携わってきた。

落語研究会で養った自由な発想をもとに、様々なPRやマーケティング企画を立案。業務を通して蓄積した広範な業務知識をベースに、独自のPRコンサルティングがクライアントに好評を博している。趣味はランニングと読書。本から新たな知識を見つけたり、ランニング中にアイデアを思い浮かべる。

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