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無知の玉手箱
~知らないから始まるマーケティング~

ブログを始めて、気づけば1年が経ちました。これまで主にPRに関する考えを「PRコラム」として発信してきましたが、これからは少し枠を広げて、「PRおじさんのぼやき」という新たなコーナーも始めることにしました。

「ぼやき」といっても、ただの愚痴ではありません。60歳を迎えた一人の“おじさん”として、日々感じること、社会を見つめて考えたことを、肩の力を抜いて綴っていきたいと思っています。

その第1回目となる今回は、少し重いテーマですが、「戦争と平和」について書いてみました。


今日4月29日は「昭和の日」。もともとは昭和天皇のお誕生日であり、今では昭和という時代を振り返る日とされています。昭和天皇は、戦争の苦しみや平和の大切さに深く向き合い、戦後は平和の実現に向けた姿勢を国民に示され、その思いを受けた上皇様、現在の天皇陛下まで平和への思いは受け継がれています。


戦争の悲劇から立ち上がり、復興と高度経済成長を経て歩んできた昭和の時代。その歩みを振り返ることで、私たちがどのように平和を築いてきたのか、あらためて考える機会になるのではないでしょうか。


そんな思いを込めて、今日は「戦争と平和」という重たいテーマについて少し考えてみたいと思います。

 

トランプ大統領は、日本に対して「もっと自国の防衛に責任を持つべきだ」と主張しています。アメリカに安全保障を依存してきた日本にとっては耳の痛い話ですが、同盟国として一定の理解もできる意見かもしれません。


ただし、日本が軍事力を持たないことを定めたのは、憲法の理念によるものであり、その憲法は戦後、アメリカの主導で制定されたものです。つまり、日本が「戦力を持たない国」である背景には、アメリカとの深い関係があります。


戦後80年近くが経過し、日本は「平和国家」として国際社会から一定の信頼を得てきました。憲法第9条に象徴される「平和主義」の精神は国民全体に根付いており、憲法改正についての議論はあるにせよ、この精神を守り続けてきたことは、世界に誇るべき姿勢だと思います。


しかし、近年の国際情勢を見ると、平和が当然であるという前提が、必ずしも通用しない時代になってきたことを感じます。ロシアによるウクライナ侵攻や、緊張が高まる台湾情勢、北朝鮮のミサイル開発、中国の軍拡など、東アジアを取り巻く安全保障環境は厳しさを増しています。


もしも日本が、何の備えもないまま有事に直面することになれば、ウクライナのように多くの犠牲を払うことになるかもしれません。自国の平和を守るためには、相応の防衛力を持ち、万が一の際に備えておくことも必要ではないかと感じています。


また、戦後の国際秩序そのものも、見直しの時期に来ているのではないでしょうか。たとえば国連の安全保障理事会の常任理事国は、いまだに第二次世界大戦の戦勝国で構成されており、日本やドイツのように国際社会に大きく貢献してきた国々は、重要な決定に十分な影響力を持てていません。拒否権の問題も含め、国連のあり方そのものが時代に合っていないと感じます。


アメリカが同盟国に「相応の役割」を求めるのであれば、国際社会の制度もまた、時代に即して見直されるべきではないでしょうか。昭和という時代を経て、私たちは戦争の悲惨さと平和の尊さを学びました。確かに武力をもって平和を維持するという日本国憲法の理念とはかけ離れているかもしれません。


しかし、戦後80年が過ぎ、国際社会は大きく変化しています。日本は、世界に例を見ない高度経済成長を遂げ、さらに唯一の被爆国としての歴史も背負っています。 武力によらず、戦争を手段とせずに平和を守ることは、日本が世界に向けて発信すべき国際的な使命です。 そして、令和の時代を生きる私たちには、現実を直視し、平和を守るために本当に必要なことは何かを考える責任があると思います。


と、60歳のおじさんは、昭和の日にちょっと真面目に考えてみました。

世界の平和も大事ですが、まずは自分の健康と家庭の平和から――なんて、ちょっと小さな目標も掲げつつ、これからも「ぼやき」続けたいと思います。


 

 

 
 

ブログを始めてから、いつの間にか1年が経ちました。この1年で書いた記事は、PR基礎講座が45本、実践PR講座が30本、PRコラムが53本。合計で128本になりました。


もともと文章を書くのはあまり得意ではなく、長文を書くことからもずっと逃げてきたタイプです。そんな自分がここまで続けられたのは、ちょっと驚きですし、正直に言って——誰も言ってくれないので自分で言いますが(笑)、よくがんばったなと思っています。


このブログは、会社のWEBサイトをリニューアルするタイミングで、SEO対策の一環としてスタートしました。個人でブログを書いていたことはありましたが、「会社の社長」としての立場があると、何を書けばいいのか、どこまで主張すべきか、毎回悩むことばかりでした。


最初は「PR講座」として、自分の知識を整理しながら書いていったのですが、これが意外と書くことが尽きない。自分にとっても会社にとっても意味のある取り組みだと感じていました。


ところが、回を重ねるにつれてネタがだんだん枯渇してきます。気分転換のつもりでPRコラムも始めましたが、こちらも最初のうちはPRに関係する話を書こうとしていたものの、やがて手持ちのネタが尽き、「もう自分が思っていることを、おじさん目線で正直に書いてしまおう」と開き直ることにしました。


そうなると、当然キャラクターがブレます。読んでくださっている方から見ても「この人、迷走してない?」と思われているかもしれません。でも、不思議なもので、続けているうちにだんだん“自分らしさ”のようなものが見えてきた気がします。


収益化を目指してスタートしたこのブログですが、1年経った今でも目に見える成果は出ていません。月間のPV(ページビュー)もなかなか伸びず、正直なところ期待通りとは言えない状況です。とはいえ、今は個人が発信する手段としては、ブログよりもSNSのほうが主流になっている時代。そう考えると、ブログだけで大きな影響力を持つのは難しいのかもしれません。


もちろん、続けるのが義務のように感じることもあります。だからこそ、「どうしたらもっと楽しめるか?」を自分なりに工夫しながら続けていきたいですね。


この1年で、文章を書くことの難しさと楽しさ、AIの活用方法、そして「継続の力」など、たくさんのことをこのブログを書いている中で学びました。まだまだ模索中ではありますが、これからも自分らしいペースで書き続けていきます。


読んでくださる皆さん、いつも本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いします。

 

 

 
 

これまで基礎講座・実践講座を通じて、PRの戦略や具体的な手法について解説してきました。今回で伝えたい内容はほぼお話しできたと思いますので、この実践PR講座は今回が最終回となります。


全体を計画的に進めたわけではなかったため、まとまりが欠ける部分もあったかもしれません。これは、書くことに不慣れだったことや、書きながら伝えるべき内容を整理していたことが理由です。至らない点があったかと思いますが、ご容赦いただければ幸いです。


基礎講座・実践講座を通じてお伝えしたかったPRのポイントは、以下の5つに集約されます。


  1. 伝えたいことをPRするのではなく、相手が知らないことをどう伝えるかを考える。

  2. PR戦略や伝える内容は、5W1Hで整理する。

  3. 情報をストーリー仕立てにすることで、分かりやすく、共感を得やすくする。

  4. WEBを活用しないPR戦略は、成功が難しくなっている。

  5. ターゲットに寄り添ったPRが重要である。


特に1の「知らないことを伝える」視点は、私自身の考え方です。このブログのタイトル『無知の玉手箱~知らないから始まるマーケティング~』にもあるように、「知らない」ということこそ、すべての始まりだと考えています。

人は知らないからこそ、新たな情報に興味を持ちます。すでに知っていることでも、別の切り口を知ることでより深く関心を持つこともあります。つまり、「知らないこと」に焦点を当てることで、マーケットを無限に広げる可能性が生まれるのです。


もし、このブログを参考にPRを実践し、成果が出た場合はぜひお知らせください。うまくいかなかった場合も、何が問題だったのかを一緒に分析し、次のPR戦略に生かしていければと思います。


定期的な講座はこれで終了しますが、今後もPRのトレンドや新たな情報があれば、このブログで発信していく予定です。

長らくご愛読いただき、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。

 
 

著者・橘川徳夫 プロフィール

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中央大学経済学部卒業。大学時代は、落語研究会に所属するほどの話好き(うるさいというのが周りの評価?)。座右の銘は「無知の知」。大学卒業後、電力会社や生命保険会社での勤務を経て、2001年ウインダムに入社。過去の様々な業務経験を活かして、PR業務に携わってきた。

落語研究会で養った自由な発想をもとに、様々なPRやマーケティング企画を立案。業務を通して蓄積した広範な業務知識をベースに、独自のPRコンサルティングがクライアントに好評を博している。趣味はランニングと読書。本から新たな知識を見つけたり、ランニング中にアイデアを思い浮かべる。

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