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無知の玉手箱
~知らないから始まるマーケティング~

~変わらないお正月と、変えていきたい一年のはじまり~


新年あけましておめでとうございます。今年もこのブログを通して、PRの仕事をしていて感じたことや、日々の出来事から考えたことを、自分なりの視点で綴っていきたいと思います。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

私のお正月の過ごし方は、毎年ほとんど変わりません。元日の朝は、近所の西新井大師へ初詣に出かけ、家でお雑煮を食べてから、その後、両親の墓参りのために生まれ故郷に帰ります。そこから兄家族の家に立ち寄り、お正月を祝う食事を囲むのが恒例です。

車での移動なのでお酒は飲めず、家に戻ってからようやく一杯。

お酒を飲みながら「格付けチェック」を観て、元日は静かに終わります。この流れも、ここ数年ほとんど変わっていません。

 

2日、3日は箱根駅伝のテレビ観戦でほぼ終わります。

私にとって箱根駅伝は、ランニングが趣味であることもあり、一年を通しての大きな楽しみです。加えて、母校である中央大学を応援できるという点でも特別で、数あるスポーツイベントの中でもおそらく一番好きな大会だと思っています。今年は中央大学が上位争いをしていたこともあり、テレビに映る機会が多く、例年以上に応援にも熱が入りました。

 

コロナ禍で兄夫婦の家に行けなかった年には、ショッピングモールの初売りに出かけたこともありましたが、今は欲しいものがあれば家族で出かける、という程度になりました。無理に「初売りに行かなければならない」という感覚も、いつの間にかなくなっています。

 

私が子どもの頃は、お正月になると多くのお店が休みになり、事前に買いだめをしておかないと困る時代でした。

街全体が静まり返り、「お正月はみんな休み」という特別な空気が確かにあったように思います。

今では、スーパーだけでなく年中無休のコンビニもあり、生活用品に困ることはまずありません。便利になった一方で、お正月ならではの非日常感は薄れてきたのかもしれません。

ただ、ここ最近は働き方改革の影響もあってか、正月三が日を休業する店も増えてきました。今年は一部を除いて元日はほぼ休みとなり、ある意味「本来のお正月らしい風景」が少し戻ってきたようにも感じました。

テレビ番組については、昨年のブログでも書いた通り、特番が中心で、特に観たい番組が多いわけではありません。そう考えると、今後も私のお正月は、箱根駅伝を中心に静かに過ごすスタイルが続いていきそうです。

 

お正月だからといって、何か特別なことをしなければならないとは思っていません。それでも、一年の区切りとして立ち止まり、これからの一年をどう過ごすのかを考える時間を持つことは大切だと感じています。

年の初めにいろいろと考えても、結局実行できないことが多いのが正直なところです。今年こそは、少なくとも一つは「これはやり切った」と言えることを増やしたいと思っています。


相変わらず取り留めのないブログではありますが、今年もPRの仕事を通じて感じたことや、日常の中で考えたことを、自分なりの言葉で書き続けていきます。

本年も、どうぞ変わらずお付き合いいただければ幸いです。

 

 
 

気がつけば、世の中はすでに仕事納め。街はすっかり年末モードですが、なぜか私は本日30日も出勤しています。

とはいえ、決して社員を巻き込んでいるわけではありません。社員は全員、きちんと年末年始休暇を取得しています。

この時期に出てきているのは、社長である私にしかできない仕事が残っているからです。

それにしても、年を重ねるごとに一年があっという間に過ぎていく気がします。ついこの前、「今年も始まったな」と思っていたはずなのに、気づけばもう今年も終わり。カレンダーを見て毎年同じことを言っているような気がします。

 

以前、NHKの「チコちゃんに叱られる!」で「大人になるとあっという間に時間が過ぎるのは、トキメキがなくなったから」と紹介していましたが、なるほど、と妙に納得してしまいました。

確かに最近は、ときめくことよりも心配事のほうが先に浮かびます。日々の仕事に追われ、「今日も一日が終わった」と思う間もなく、次の予定、次の課題が目の前にやってくることばかりなので、楽しみよりも「やらなきゃいけないこと」が増えているのは間違いありません。 

それに加えて、年齢のせいか、失敗をあとから思い出して後悔することも増えました。「ああしておけばよかった」「あの時、別の選択もあったな」など、振り返っても仕方のないことを、つい考えてしまいます。

だからこそ、来年こそは、後悔しそうなことはできるだけ減らして、少しでも「ときめく」と感じられる仕事や出来事を増やしていきたいと思っています。忙しさに流されるだけでなく、「これは面白い」「これはやってみたい」と思える時間を、意識してつくりたいものです。

……とはいえ、実際にできるかどうかは、正直なところ自信がありません。毎年、同じようなことを言っている気もしますしね。

 

「あっという間だったけれど、いろいろあった一年だったな」と、反省などを込めて最後のブログを書いています。

今年もこのブログを読んでくださった皆さま、仕事で関わってくださった方々、支えてくれた社員、そして家族に、あらためて感謝の気持ちを伝えたいと思います。

思うようにいかないことも多い一年でしたが、それでも続けてこられたのは、周りの方々のおかげです。

今年も本当にありがとうございました。

 


 
 

~いま日本のメディアに欠けている視点~


このブログでも、これまで何度か「政治と報道」について触れてきました。参議院議員選挙での野党過半数割れ、高市内閣誕生までの流れを見ていて、近年の政治報道に対し、どうしても“違和感”を覚える場面が増えています。

もちろん、政治に対してメディアが監視役として機能することは民主主義の根幹です。政権の暴走を防ぎ、政策の問題点を指摘し、国民が政治判断をする材料を提供する――これは本来のメディアの役割です。

しかし、最近の報道を見ていると、チェック機能を果たすはずが、「ひたすら批判を積み重ねるだけ」という印象が強まり、結果として何が正しい方向なのか、視聴者に何も残らないケースが増えているように感じるのです。

 

物価高対策が今論議されていますが、給付金を出すのか、減税なのか、財源はどうするのか?どの政策にも必ず「副作用」があります。だからこそ政治は“決断”が求められます。

しかし、日本のメディアは

  • 給付金 → 財源が不明

  • 減税 → 財政悪化

  • 国債増発 → 円安を招く

  • 規制強化 → 経済停滞


    というように、どの政策を出しても即座に批判するだけになりがちです。

これでは、「結局どうするのが良いのか」が全く見えてこないため、国民が混乱するのも無理はありません。

 

欧米のメディアには、保守寄り・リベラル寄りなど立場が明確な報道機関があります。そのため、どのメディアを読めばどの立場の意見なのかが分かり、国民は自ら判断材料を選べます。

一方、日本の大手メディアは、「中立」を掲げながら、実際には批判が中心という曖昧な立場にあります。

SNS時代には極端な意見が支持されやすく、オールドメディアが慎重になればなるほど「何を伝えたいのか分からない報道」になってしまいがちです。その結果、若者のテレビ離れ・新聞離れがさらに進むという、悪循環が生まれているのです。

 

PRの世界では、相手が「行動しやすくなる情報」を提供することがもっとも大切と考えられています。

政治報道も同じで、

  • この政策にはこういうメリットがある

  • 一方でこうした課題も存在する

  • では何が現実的な選択肢なのか?


    という“整理”こそが本来必要なはずです。

批判だけでは視聴者も読者も判断できません。賛否を含めて「どういう未来を描けるのか」を提示することで、初めてPRとしての価値が生まれます。

 

今の若い世代はテレビも新聞も見ません。SNSや動画で情報を得ています。その中で従来のように「批判中心の報道」を続けても、心に響くはずがありません。

メディアも、政治家も、そして私たちPRの現場も、“何を批判するか”ではなく、“何を提案できるか”へ視点を移す必要があります。

その変化こそが、政治への関心を取り戻し、国民の判断力を高める道だと感じています。

 
 

著者・橘川徳夫 プロフィール

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中央大学経済学部卒業。大学時代は、落語研究会に所属するほどの話好き(うるさいというのが周りの評価?)。座右の銘は「無知の知」。大学卒業後、電力会社や生命保険会社での勤務を経て、2001年ウインダムに入社。過去の様々な業務経験を活かして、PR業務に携わってきた。

落語研究会で養った自由な発想をもとに、様々なPRやマーケティング企画を立案。業務を通して蓄積した広範な業務知識をベースに、独自のPRコンサルティングがクライアントに好評を博している。趣味はランニングと読書。本から新たな知識を見つけたり、ランニング中にアイデアを思い浮かべる。

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