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無知の玉手箱
~知らないから始まるマーケティング~

あまり語られない原子力最大の課題──「バックエンド」という現実


前回のコラムでは、原子力発電のPRがうまくいかない理由として、推進派のほうが「ストーリーを作りにくい」という構造的な問題があることをお話ししました。今回は、その話と深く関係しながらも、推進派・反対派のどちらからも十分に議論されていない重要なテーマについて取り上げたいと思います。

それが、原子力の「バックエンド」の問題です。

 

原子力のバックエンドとは、いわゆる「核のゴミ(放射性廃棄物)」の問題です。日本ではよく、「原子力発電はトイレのないマンションに例えられる」と言われます。つまり、発電という優れた機能はあるものの、最終的な出口である廃棄物処理の仕組みが確立していない、という意味です。

核のゴミには大きく二つの種類があります。一つは、使用済み核燃料から生じる「高レベル放射性廃棄物」、もう一つは、原子力発電所の運転や廃炉作業に伴って発生する、瓦礫、作業服や部品などの「低レベル放射性廃棄物」です。

 

政府は、高レベル放射性廃棄物について、使用済み核燃料を再処理し、その廃棄物をガラス固化体にして地中深くに処分する、という方針を示しています。しかし、再処理工場の稼働は何度も延期され、最終処分場についても、いまだに具体的な場所は決まっていません。

この状況は、推進派にとって非常に説明しづらい問題です。原子力発電所を建設し、電力を確保しても、最終的に出てくるゴミの行き先が決まっていない。そのため、この話題はどうしても避けられがちになります。

 

一方で、反対派にとっても、この問題は扱いづらいテーマです。なぜなら、すでに稼働してきた原子力発電所が存在し、単に発電所を止めたからといって、核のゴミが消えるわけではないからです。

反対派が原子力発電所の廃止を訴えても、「では、すでに存在する廃棄物をどうするのか?」という問いに対して、明確な処分プランを示せているわけではありません。

結果として、推進派も反対派も、このバックエンドの問題には深入りしない方が、それぞれの主張を進めやすい。そのため、この最も本質的な問題が、議論の中心から外れたままになっているのが現実です。

 

この問題が極めて重い理由は、高レベル放射性廃棄物の危険性が、非常に長期間にわたる点にあります。放射線レベルが自然界と同程度になるまで、数万年かかるとも言われています。

仮に2万年とすると、今から2万年前の人類は氷河期の時代で、洞窟の中で生活していました。その間に文明は大きく変わり、国家も制度も何度も姿を変えています。果たして人類は、これから先の2万年にわたり、責任をもって核のゴミを管理し続けることができるのでしょうか。正直なところ、それは誰にも分かりません。

 

だからといって、問題から目を背けるわけにはいきません。原子力発電は、人類が自ら選び、作り出してしまった技術です。である以上、人類の英知をもって管理し続けるしかない、というのもまた事実です。

私自身は、核のゴミの問題を考えると、原子力発電が「良いもの」だとは決して思いません。しかし同時に、すでに建設し、運転してきた以上、その責任から逃げることはできないとも考えています。

現在稼働している、あるいは稼働可能な原子力発電所が存在する限り、この問題は消えません。であれば、現実から目を背けるのではなく、責任を持って施設を管理し、可能な限り有効に活用しながら、バックエンド問題と向き合い続けるしかないのだと思います。

 

原子力発電を巡っては、安全性、コスト、立地、エネルギー政策など、さまざまな論点が語られます。しかし、あまり表に出てこないものの、最も根深く、最も重い問題は、このバックエンドの課題ではないでしょうか。

PRの観点から見ても、この問題を避け続ける限り、原子力に対する本当の理解や納得は得られません。不都合な現実であっても、正面から向き合い、どう管理し、どう責任を果たしていくのか。そこからしか、原子力を巡る議論は前に進まないように感じています。

 
 

「落語研究会出身です」と言うと、決まって「じゃあ一席やってよ」とか「ここで〇〇とかけて一つ」などと言われることがあります。

ですが、落語研究会はあくまでアマチュアです。卒業してからまともに稽古をしているわけでもありませんし、突然落語ができるはずがありません。仮に「ではやりましょう」と言ったとして、下手な落語を20分も黙って聴いてくれるのかと考えると、それはそれではなはだ疑問です。そもそも、きちんとした落語をやろうとすれば、それくらいの時間は必要なのです。

一般的に落語の楽しみ方といえば、「演じる」「聴く」という二つが思い浮かびます。ですが、私はそこにもう一つ、「プロデュースする」という楽しみ方があると思っています。

 

私がプロデュースしてきた落語会に、「さがみはら若手落語家選手権」という催しがあります。今年で25回目の開催となりました。

正直に言えば、始めた当初は、ここまで長く続くとはまったく想像していませんでした。この落語会は、「気軽に落語を楽しめる市民参加型イベント」というコンセプトで企画したものです。

4回の予選会を行い、その通過者を観客の投票によって決定します。そして、本選会でも審査員や主催者の判断は一切入れず、最終的な優勝者もすべてお客様の投票で決まるという仕組みです。この「観るだけでなく、参加できる」仕組みが、多くの方に受け入れられたのだと思っています。

さらに、優勝者は市内で落語会を開催でき、その際の出演料は選手権の主催者が負担します。この仕組みが噺家にとっての励みとなり、地域にとっても文化的な広がりを生み、結果として長く続けられた要因の一つになったと感じています。

おかげさまで、予選会・本選会ともに、毎回ほぼ満員のお客様にお越しいただいています。

 

とはいえ、この企画はどちらかと言えば「うまくいった例」であり、落語会のプロデュースが常に順調にいくわけではありません。

「この噺家を呼びたい」と思えば、たいていは人気落語家です。そうなると、まずスケジュールが合わない。仮に空いていたとしても、今度は落語ができる会場が空いていないということもあります。

さらに、人気落語家の出演料を考えると、どうしても入場料を高く設定せざるを得ず、そうなると今度は集客が難しくなります。結果として、赤字になってしまうケースも少なくありません。

つまり、「人(噺家) × 箱(会場) × お金」この三つがうまく噛み合わなければ、落語会の開催は難しいのが現実です。

 

これまで、さまざまな落語会の企画を考え、実際に実施してきました。

  • 会場の立地にちなんだ落語会

  • ビジネスをテーマにした落語会

  • 相続のヒントを盛り込んだ落語会

どれも、「落語を入口にして、少し違った切り口で楽しんでもらえないか」と考えたものです。

先日は、蕎麦屋で“そばにまつわる落語”を語る落語会を、採算度外視で開催させてもらいました。演目は「そば清」。これは以前から「ぜひやってみたい」と思っていた企画だったので、実現できたことを素直にうれしく思っています。

 

なかなか自分の思い通りの落語会を自由にできるわけではありませんが、「こんな落語会があったら面白いのではないか」と考え、それを形にしていくプロセスには、演じるのとは違った楽しさがあります。

もし、こんな私の企画に「ちょっと面白そうだな」と感じていただけるスポンサーさんがいらっしゃいましたら、ぜひご連絡ください(笑)。

 
 

社長になって、気がつけば2年以上が経ちました。それなりに時間は経っているはずなのですが、正直に言うと、いまだに「自分が社長だ」という実感が完全には持てていません。

社員からは「社長」と呼ばれるようになり、社内ではそれなりに自覚も芽生えてきました。ただ、取引先や他社の方から「社長」と呼ばれると、どこか他人事のように感じてしまう自分がいます。「え、私のことですか?」と心の中で思ってしまうこともしばしばです。

 

世間一般で言う「社長」と聞くと、・お金持ち・偉い・威厳があるといったイメージを持つ人が多いのではないでしょうか。特にIT系のカリスマ社長が、セレブな生活をSNSで発信しているのを見ると、「ああ、こういう人が“社長”なんだろうな」と思うのも無理はありません。

また、大企業の社長ともなれば、何万人という社員を率い、最終決断を下す立場です。その責任の重さから、自然と威厳も生まれるのでしょう。

 

一方で、私はというと――。一緒に会社を立て直してきた社員たちと、社長就任後も態度を変えることなく接してきました。その結果、威厳のある社長というより、「気軽に話しかけられる社長」と言えば聞こえはいいですが、悪く言えば「ちょっとナメられている社長」かもしれません。

 

さらに現実的な話をすると、私が社長になった目的は会社の経営再建です。再建が軌道に乗るまでは役員報酬も抑えており、収入は他社の一般社員と大差ない水準です。ボーナスもありません。はっきり言って、「社長=お金持ち」というイメージとは程遠い生活をしています。

下手をすると、景気の良い大企業の新入社員より年収が低いのは間違いないです。中小企業の経営者には、こうした「名ばかり社長」的な立場の人も、実は少なくないのではないでしょうか。

 

だからこそ、世間の方にはひとつだけ知っておいてほしいのです。「社長」という肩書きだけで、すべて同じ枠で見られると、少し困ってしまいます。

「社長なんですね」と言われると、どこか後ろめたい気持ちになるのは、自分の中で“世間が思う社長像”と“現実の自分”が一致していないからだと思います。

それは心がけの問題だと言われれば、その通りかもしれません。

ただ、他人より良い生活をして、多くの社員から尊敬される存在にならないと、なかなか自分自身が「社長になった」と実感できないのも事実です。

 

――というわけで。社長としての自覚をしっかり持てるようになるためにも、ぜひ皆さま、PRのお仕事をお待ちしております。売上が伸びれば、私の社長としての実感も、きっと一緒に育っていくはずです。

まだ社長に慣れきれない私ですが、今日も修行中です。

 
 

著者・橘川徳夫 プロフィール

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中央大学経済学部卒業。大学時代は、落語研究会に所属するほどの話好き(うるさいというのが周りの評価?)。座右の銘は「無知の知」。大学卒業後、電力会社や生命保険会社での勤務を経て、2001年ウインダムに入社。過去の様々な業務経験を活かして、PR業務に携わってきた。

落語研究会で養った自由な発想をもとに、様々なPRやマーケティング企画を立案。業務を通して蓄積した広範な業務知識をベースに、独自のPRコンサルティングがクライアントに好評を博している。趣味はランニングと読書。本から新たな知識を見つけたり、ランニング中にアイデアを思い浮かべる。

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