top of page

無知の玉手箱
~知らないから始まるマーケティング~


先日、このコラムで落語のプロデュースについてお話ししました。その中で改めて感じているのが、最近の落語の変化です。

私がプロデュースしている「さがみはら若手落語家選手権」では、ここ数年で明らかな変化が起きています。それは、新作落語の成績が良くなってきていることです。

今年の大会では、初めて新作落語を演じた2名が予選を通過しました。これは、私にとっても象徴的な出来事でした。

(結果は、三遊亭ご飯粒さんが優勝しました。演目は「寿限無」でしたが、実際は寿限無を改作した「DJ寿限無」なので、古典と言えるか微妙です。)

 

実は、当初は新作落語を演じる出演者も少なくありませんでした。しかし、正直に言えば、当時は「聴けるレベル」と言えるものは多くなかったように思います。

結果として、新作落語で予選を通過した人はおらず、「さがみはら若手落語家選手権では新作は勝てない」という噂が立ったこともありました。

落語というと、噺家が自分でネタを作っていると思われがちですが、実際には多くの噺家が古典落語を演じています。古典落語は、長い年月をかけて磨かれてきた完成度の高いコンテンツです。

同じネタでも、演じる人によって面白さが変わります。テンポ、間の取り方、人物の描き分け。技量があれば、知っている噺でも思わず笑ってしまうのです。

逆に言えば、技量がなければ笑えない。

古典落語は、ある程度完成された物語がある分、演者の技量が多少不足しても支えてくれます。しかし、新作落語は違います。

ストーリーが未成熟で、かつ演者の力量も伴っていなければ、悲惨な結果になります。

 

私は常々思っていますが、まずは古典落語をしっかり演じられるレベルになることが大切です。舞台で言えば、まずはお客様が満足できる演技力を身につけること。

そのうえで、自分の落語を創作し、披露し、試行錯誤しながら磨いていく。そうして初めて、新作が育っていくのだと思います。

最近、新作落語が伸びている背景には、若手の基礎力向上があると感じています。

 

今の若い世代は、小さい頃からお笑いブームの中で育っています。漫才やコントのレベルは非常に高く、M-1やキングオブコントの予選を勝ち抜くネタなどは、本当に完成度が高い。

そうした「笑いの感覚」が洗練された世代が、新作落語に挑戦している。ストーリーが面白いのは、ある意味当然なのかもしれません。

そこに、古典でも通用する落語力が加われば、面白くないはずがない。

実際、「さがみはら若手落語家選手権」だけでなく、各地で新作落語が評価されるケースが増えてきています。

 

とはいえ、落語は着物を着て演じる伝統芸能です。一人で複数の人物を演じ、観客が頭の中で情景を想像する芸です。

古典落語では、江戸や明治の設定が多いため、着物姿と世界観が自然に結びつきます。八五郎がご隠居を訪ねる場面は、想像しやすい。

しかし、新作で「新入社員の佐藤君が高橋部長を訪ねる」という場面を、着物姿で演じると、少し想像が難しくなります。

それでも、今の若手はそれを乗り越え、しっかり笑いを取っています。いずれ、着物にとらわれない落語の形が出てくるのかもしれません。

ただ、それが伝統芸能としてどう受け止められるのか。演じる側がどう考えるのか。興味深いテーマです。

 

PRの観点で見ると、ここには重要な示唆があります。

伝統があるからといって、同じことを続けるだけでは広がりません。しかし、基礎がないまま革新を掲げても支持は得られません。

まずは「土台」。そして「磨かれたコンテンツ」。その上に、時代性を乗せる。

新作落語が評価され始めた背景には、この順番を踏んだ進化があります。

落語もPRも同じです。中身が伴っていなければ、どんな演出も通用しない。

これからますます進化していきそうな新作落語。その広がりを、プロデューサーとして、そして一人の観客として、楽しみに見守っていきたいと思います。

 
 

日本では毎年、多くの企業が誕生しています。起業そのものは珍しいことではありません。しかし、その後10年、20年と生き残り、成長していく企業は決して多くありません。

その背景には、日本では「失敗した経営者が再チャレンジしにくい環境」があるのではないかと感じています。

 

事業を始めるには、当然ながら資金が必要です。会社法上は資本金1円でも設立できますが、実際の運営には人件費や設備費など、一定のコストがかかります。

問題は、その創業資金をどこから調達するかです。

自己資金で賄えれば理想ですが、多くの場合それだけでは足りません。親や兄弟、親戚、友人など、よほど信頼関係がある人から支援を受けるケースもありますが、集められる金額には限界があります。

結局のところ自己資金だけでは足りず、多くの場合は銀行から借入を行います。

日本の金融慣行では、ほとんどの場合、経営者が連帯保証人になります。事業が順調に進めば問題ありませんが、うまくいかなければ借金だけが残ります。その借金がある限り、再び資金を調達することは極めて難しくなります。

つまり、一度の失敗が次の挑戦を封じてしまう構造になっているのです。

 

事業はそんなに簡単に成功するものではありません。しかし、失敗から得られる経験は、次の成功につながる大きな財産になるはずです。

日本では長らく銀行中心の金融システムが企業を支えてきました。事業そのものに投資する文化は欧米ほど根付いていません。ベンチャーキャピタルやエンジェル投資家の動きも出てきていますが、まだ十分とは言えません。

その結果、日本ではユニコーン企業がなかなか生まれず、スタートアップの規模も海外に比べると小さい。

 

しかし、日本にはかつて、町工場から世界企業へと成長した企業がありました。

パナソニック、ソニー、京セラ、そしてホンダ。

小さな挑戦から始まり、世界に羽ばたいた企業です。そこには「やってやろう」という気概と、挑戦を後押しする時代の空気があったのではないでしょうか。

 

私は、日本人はまじめで、約束を守る人が多い国民だと思っています。だからこそ、明確なルールを整え、そのルールのもとで再挑戦を支援する仕組みがあれば、チャレンジする人はもっと増えるはずです。

 

私はこれまで、ずいぶん失敗してきました。できればそれを、若い人たちの“反面教師”にしてもらえれば本望です。

もっとも、私の失敗談が教訓になるかどうかは怪しいものです。もし「失敗談でも聞いてみたい」という奇特な方がいれば、いくらでもお話ししますが……正直、あまり役には立たないかもしれません。

せめて、笑い話くらいにはなるでしょうか。

 

 
 

前回のコラムでは、高市総理率いる自民党がなぜ歴史的な大勝利を収めたのかについて取り上げました。

最大の要因が高市人気にあったことは間違いありませんが、それと同時に、自民党に対峙する野党側の“自滅”もまた、大勝の一因だったと言えるでしょう。

今回は、野党がなぜ敗れたのかを、PRの観点から整理してみたいと思います。

 

高市総理の解散を受け、自公連立政権を離脱した公明党と、立憲民主党の一部議員らが結集し、新党「中道改革連合」が誕生しました。

右傾化やポピュリズムへの危機感から、「生活者視点の中道政治」を掲げたこの新党は、理屈の上では自民党に対峙する現実的な選択肢のように見えました。

票読みだけをすれば、小選挙区でこれまで自民党を支えてきた公明党の票が、そのまま新党側に回る可能性もあり、一定の勝算があると見る向きもあったはずです。

しかし結果は、歴史的な大敗でした。

急な解散総選挙で準備不足だったことは否めませんが、国民の目には「選挙対策のために急ごしらえで作られた政党」と映った可能性もあります。

立憲民主党はこれまでも党名変更や再編を繰り返してきた経緯があり、「またか」という印象を持った有権者も少なくなかったのではないでしょうか。

 

中道改革連合は、公明党の支持母体である創価学会と、立憲民主党を支える連合という、二つの大きな組織の支援を受ける形となりました。

しかし、この両者はこれまで与党と野党として対峙してきた関係です。特に地方選挙では激しく争ってきた経緯もあります。

その関係を一気に解消し、「明日から協力しましょう」となるのは簡単ではありません。

支持者の側にも、心理的な抵抗があった可能性は否定できません。

さらに、立憲民主党支持層の中には「原発ゼロ」や「安全保障関連法制への反対」などに強い思いを持つ人も少なくなかったはずです。

そうした立場の変化を受け入れきれず、投票行動に結びつかなかった層もいたのではないでしょうか。

組織票を前提とした戦略が、想定通りに機能しなかったことと、高市人気が重なり、無党派層も取り込めなかったことが、敗因の一つと考えられます。

比例区で戦った公明党出身議員は名簿上位で当選した一方、小選挙区で戦った立憲民主党出身議員が苦戦した構図は、その象徴のようにも見えます。

 

もう一つ見逃せないのは、野党全体に漂うイメージです。

高市総理が「決断し、実行するリーダー」という印象を打ち出してきたのに対し、野党、とりわけ立憲民主党は「政府に反対しているだけ」という印象を持たれてきました。

実際には政策提案も行っているはずですが、PRの観点から言えば、「何をするのか」よりも「何を止めるのか」が前面に出てしまったため、これでは、有権者の期待を集めるのは難しいでしょう。

 

今回の選挙では、中道改革連合だけでなく、他の野党もほぼ議席を伸ばせませんでした。

前回の参議院選挙で躍進した国民民主党や参政党も、思ったほど議席を増やせませんでした。

唯一目立ったのは「チームみらい」の躍進でした。多くの政党が消費税減税や廃止を掲げる中で、あえて現状維持を主張したことで、明確な差別化ができたことが奏功したのかもしれません。

ここから見えるのは、「違いを明確にすること」の重要性です。

 

PRの観点から言えば、選挙は基本的に政権与党が有利です。

総理は自らのタイミングで解散を打つことができるからです。

今回も、そのタイミングを見極めた判断が勝敗を大きく左右したと見ることができます。

 

今後野党が勝つためには、政策の中身だけを訴えても勝敗が決まるということではないと考えられます。

高市総理は、「政策」以上に「高市早苗という人物」を前面に押し出しました。

SNSを通じて広がった“推し活”は、理屈よりも共感を優先させる動きを生み出しました。

「この人を応援したい」

「この人に任せてみたい」

そうした感情が投票行動につながったのです。

 

今回の敗因分析を踏まえて、PRの視点で最も重要だと感じたのは、「キャラクターの確立」です。

どれほど整った政策を掲げても、どれほど論理的に正しい主張をしても、それを体現する“顔”が弱ければ、共感は広がりにくいです。

 

SNS時代の政治は、「誰が言っているのか」が極めて重要です。

政策は抽象的ですが、人物は具体的です。

人は政策よりも、人に共感します。

高市総理は、「決断する人」「実行する人」というイメージを確立しました。

それが推し活を生み、支持の拡大につながったわけです。

 

野党が政策を磨くことは当然必要ですが、同時に、「この人を推したい」と思わせるキャラクター・リーダーを確立することができなければ、今後の選挙でも厳しい戦いが続くでしょう。

 

これは政治だけの話ではありません。

企業のPRにおいても、商品やサービスの機能説明だけでは十分ではありません。

・どんな会社なのか

・どんな理念を持っているのか

・誰がその価値を体現しているのか

こうした“キャラクター”や“物語”がなければ、人の心は動きません。


今の時代、PRにおいて重要な要素となるのは、共感を生むキャラクターの確立なのだと思います。

今回の選挙は、そのことを改めて示した出来事でした。

 
 

著者・橘川徳夫 プロフィール

ダウンロード.jpg

中央大学経済学部卒業。大学時代は、落語研究会に所属するほどの話好き(うるさいというのが周りの評価?)。座右の銘は「無知の知」。大学卒業後、電力会社や生命保険会社での勤務を経て、2001年ウインダムに入社。過去の様々な業務経験を活かして、PR業務に携わってきた。

落語研究会で養った自由な発想をもとに、様々なPRやマーケティング企画を立案。業務を通して蓄積した広範な業務知識をベースに、独自のPRコンサルティングがクライアントに好評を博している。趣味はランニングと読書。本から新たな知識を見つけたり、ランニング中にアイデアを思い浮かべる。

bottom of page