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無知の玉手箱
~知らないから始まるマーケティング~



先日のPRコラムで「推し活時代のPR」について書きました。

みんなが同じテレビ番組を見て、同じ芸能人やニュースを知っている時代から、それぞれが自分の「推し」を持ち、好きなものを深く追いかける時代になったという話です。

 

その原稿を書きながら、ふと思いました。

「そういえば、自分には“推し”と呼べるほど詳しいものがあるのだろうか?」と。

仕事であるPRについては、まあ詳しいほうだと思います。でも、それ以外で「これなら誰にも負けません」と言えるものは、なかなか思いつきません。

その代わり、自慢ではありませんが、私はいろいろなことを人より幅広く知っているほうだと思っています。

仕事でも、広報やマーケティング、営業だけでなく、経理、財務、情報システム、労務などにも関わり、知識だけでなく実務もやってきました。

今の時代は、一つの分野を極めたスペシャリストが評価されます。「何でもやります」という人間は、少々流行遅れなのかもしれません。

 

でも、中小企業では、こういう人間が意外と役に立つと思っています。

大企業なら経理、人事、システムなど、それぞれに専門部署がありますが、中小企業はそうはいきません。一人で複数の仕事を担当したり、誰かが困っていれば別の人が補ったりする必要があります。

一つのことだけでなく、会社全体の仕事がある程度分かることは、大きな強みになります。

自分で言うのも変ですが、振り返ってみると、私は知らないうちに「中小企業の経営者向き」の能力を身につけてきたのかもしれません。

趣味や世の中の情報についても同じです。

野球も駅伝もサッカーも観ます。本も読みますし、美術、政治、経済、芸能、ITなどにも興味があります。

ただし、どれも専門家ほど詳しくありません。

昔なら、テレビや新聞を見ていれば多くの人と共通の話題を持つことができ、「物知りですね」と言ってもらえることもありました。

 

ところが今は、ネットやSNSによって、それぞれが好きな分野を深く知る時代です。私程度の雑学なら、スマホで検索すれば数秒で出てきます。

おじさんの「広く浅い知識」の価値も、ずいぶん下がってしまいました。

それでも、いろいろなことを知っているからこそ、違う分野を結びつけて考えたり、「このやり方は別の仕事にも使えるのではないか」と発想したりできます。

スペシャリストが必要なのは間違いありませんが、いろいろなことを知り、それをつなげる人も必要なのではないでしょうか。

特に中小企業では、なおさらだと思います。

 

……と、ここまで書くと、ずいぶん自分を褒めてしまいました。

ただし、「何でもできる」ことには大きな欠点があります。

誰かに説明して頼むくらいなら、「自分でやったほうが早い」と、ついつい自分でやってしまうのです。

その結果、仕事はどんどん自分のところに集まってきます。

「何でもできる経営者」になる前に、まずは「人に任せることができる経営者」にならなければいけないようです。

私にとっては、こちらのほうがスペシャリストになるより難しいかもしれません(笑)。



 
 

ウインダムでは、人気アニメの展覧会のPRを担当することがあります。

先日、たまたまそのアニメが大好きだという若い人と仕事をする機会があり、「展覧会のPRに関われてうれしい」と、とても喜んでもらえました。

その人と話をしていて驚いたことがあります。

そのアニメは映画化もされているのですが、なんと同じ映画を5回も観に行ったというのです。

私は、同じ映画を2回観ることすらほとんどありません。テレビで以前観た映画が放送されていても、もう一度観ようとはあまり思いません。

読書も趣味ですが、一度読んだ小説をもう一度読むことはほぼありません(ビジネス書などは別ですが…)。

ストーリーが分かっているものを何度観ても、何度読んでも結果がわかっているので、つまらないのではないかというのが私の感覚だからです。

 

ところが、その人の話を聞いていると、何度も観る理由が少し分かってきました。

いわゆる「推し」がいる人たちは、単にストーリーを楽しんでいるだけではありません。

「あの場面は、後のこの場面への伏線だった」「背景にこんなものが描かれていた」「このセリフには別の意味があるのではないか」など、作品の細部まで観ているそうです。

そして、自分が発見したことや気づいたことを、同じ作品が好きな人たちとSNSなどで共有します。

誰かの投稿を見て「そんなところまで観ていなかった」と思えば、もう一度作品を観て確かめたくなる。さらに新しい発見があれば、それをまた誰かに伝えたくなる。

なるほど、それなら同じ映画を5回観ることも理解できます。

私にも似たような経験があります。

例えばドラマを普通に観ていて、後から情報番組やネットなどで「あの場面にはこんな意味があった」「以前のシーンがここにつながっていた」と解説されると、「そんなところまで全く気づかなかった」と思うことがあります。

作品は一度観れば終わりではなく、「発見する」「考察する」「誰かと共有する」ことまで含めて楽しむものになっているのでしょう。

 

これはPRを考えるうえでも非常に興味深いことです。

かつては、できるだけ多くの人に知られている「国民的人気」の作品ほど、展覧会などでも集客しやすいと考えられていました。

もちろん知名度は今でも重要ですが、必ずしもそれだけではないようです。

幅広く知られている作品より、ファンの絶対数はそれほど多くなくても、非常に熱量の高い「推し」を持つファンがいる作品のほうが、何度も会場を訪れたり、グッズを購入したり、SNSで積極的に情報を発信したりすることがあります。

つまり、「何人が知っているか」だけではなく、「どれだけ強く好きな人がいるか」も大きな価値になっているのです。

しかも、推し活をする人たちは単なる消費者ではありません。

自分で作品の魅力を見つけ、それを発信し、別のファンが共感して、さらに情報が広がっていく。ある意味では、ファン自身がPRの担い手になっているとも言えます。

 

私は、いわゆる「推し活」をした経験がほとんどありません。

そのため、「なぜ同じ映画を5回も観るのか」というところから理解しなければならなかったわけですが(笑)、今回話を聞いたことで、今の消費行動について少し分かったような気がします。

PRする側が「この作品は人気があります」「こんなに面白い作品です」と一方的に情報を発信するだけでは、推し活の熱量を十分に生かすことはできません。

ファンは何に魅力を感じ、何を発見したくて、何を誰かと共有したいのか。

そうした「推す人の心理」まで理解してPRを考えることが、これからますます重要になるのでしょう。

今や「推し」は、消費だけでなく情報まで動かす存在になっています。

となると、マーケティングやPRに携わる人間も、推し活について勉強するだけでは足りないのかもしれません。

 

マーケティングに携わるなら、一度くらい夢中になれる「推し」を見つけてみたほうが、今の消費者心理を理解する近道になるのかもしれませんね(笑)。

 
 

 消費税減税から考える政治のPR


高市内閣は今月、飲食料品にかかる消費税率を引き下げる方針を決定しました。

これは昨年の衆議院議員選挙で掲げた、食料品の消費税負担を軽減するという公約を実現するための政策です。

選挙で公約を掲げ、その選挙に勝利したのですから、公約の実現に向けて動くこと自体は当然のことだと思います。

 

ところが、今回の政策に対しては野党やメディアから多くの疑問が投げかけられています。

昨年の選挙では、与野党の多くが消費税の減税や廃止を公約に掲げていました。それにもかかわらず、政府が実際に税率を引き下げようとすると反対意見が出てくるのですから、「では選挙の時に掲げていた公約は何だったのか」と思ってしまいます。

 

今回の報道を見ていて気になるのは、消費税率の引き下げを「選挙公約の実現にこだわる高市総理」という、比較的分かりやすい構図で捉えていることです。

確かに、ニュースとしてはその方が伝わりやすいでしょう。

しかし、本来議論しなければならないのは、「公約を守るか、守らないか」だけではないはずです。

消費税率を下げれば、その分だけ商品の税込価格を引き下げる効果が期待できます。その意味では、物価を下げるための非常に分かりやすい政策です。

ただ、経済はそれほど単純ではありません。

消費税率を下げることで一時的に物価負担が軽減されたとしても、そのための財源をどうするのかという問題が生じます。

財政への懸念が強まれば円安や金利などに影響する可能性もあり、それが再び物価に跳ね返ってくることも考えなければなりません。

さまざまな要素が複雑に絡み合っているのが経済ですから、「消費税を下げれば物価高対策になる」と単純に結論づけることはできないと思います。

 

もう一つ、野党などから指摘されている「2年後に本当に税率を元に戻せるのか」という問題もあります。

一度下げた税率を上げるとなれば、当然、国民から反発が起こるでしょう。

政治家にとって選挙を考えれば、「消費税を下げます」と言うことは比較的簡単ですが、「消費税を上げます」と言うことは非常に難しいものです。

そう考えると、2年間の時限措置として始めたものが、本当に予定通り終了できるのかという疑問が残ります。

さらに長期的に考えれば、少子高齢化が進み、社会保障費などが増えていく日本で、消費税収を大きく減らしたまま財政を維持できるのかという議論も避けて通れません。

だからこそ、本来は「今、物価を下げるためにどうするか」だけではなく、5年後、10年後の日本経済や財政まで考えて議論する必要があります。

 

もちろん、政治家が選挙公約を守ることは重要です。

しかし、選挙の時と経済状況や国際情勢が変わったのであれば、公約を修正することがあってもいいと思います。

その場合は、「なぜ変更するのか」を国民にきちんと説明すればいいのです。

反対に、公約を実行するのであれば、「選挙で約束したから」だけではなく、現在の経済状況でもなぜこの政策が必要なのか、その財源をどうするのか、2年後にどうするのかまで説明する必要があります。

野党についても同じです。

自分たちも選挙で消費税減税を掲げていたのであれば、政府案に反対するだけではなく、「自分たちの減税策とは何が違うのか」「今でも減税が必要だと考えているのか」を説明してもらいたいと思います。

 

ここにPRの難しさがあります。

PRでは、難しいことを分かりやすく伝えることが重要ですが、「分かりやすく伝えること」と「複雑な問題を単純化すること」は違います。

「物価が高いから消費税を下げる」「選挙で約束したから実行する」という説明は分かりやすいものの、それだけで日本経済や財政の問題を語ることはできません。

政治家には、選挙で支持を得るための公約ではなく、将来の日本を見据えた政策を示してもらいたいと思います。そしてメディアにも、単純な賛成・反対の構図にするのではなく、その政策のメリットとデメリットを国民に分かりやすく伝える役割があります。

選挙に勝つための公約ではなく、日本の将来のための公約を。

複雑な問題を単純化せず、それでも国民に分かりやすく伝え、納得してもらうこと。それこそが政治に求められるPRなのではないでしょうか。

 
 

著者・橘川徳夫 プロフィール

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中央大学経済学部卒業。大学時代は、落語研究会に所属するほどの話好き(うるさいというのが周りの評価?)。座右の銘は「無知の知」。大学卒業後、電力会社や生命保険会社での勤務を経て、2001年ウインダムに入社。過去の様々な業務経験を活かして、PR業務に携わってきた。

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落語研究会で養った自由な発想をもとに、様々なPRやマーケティング企画を立案。業務を通して蓄積した広範な業務知識をベースに、独自のPRコンサルティングがクライアントに好評を博している。趣味はランニングと読書。本から新たな知識を見つけたり、ランニング中にアイデアを思い浮かべる。

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