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無知の玉手箱
~知らないから始まるマーケティング~

原子力PRが難しい本当の理由──論理と感情のすれ違い


これまで6回にわたり、原子力発電のPRについてさまざまな問題点を取り上げてきました。再生可能エネルギーのコスト、日本の原子力政策、安全性、発電所の立地地域、そして電力需要の拡大――。どれも避けて通れない重要なテーマですが、振り返ってみると、結局のところ「これさえやれば解決する」という決定的なPR手法は存在しない、という結論に行き着きます。

なぜなら、原子力発電をどう捉えるかは、人それぞれの優先順位によって大きく変わってしまうからです。

 

例えば、次のような考え方は珍しくありません。

  • 地球温暖化対策のために火力発電は減らすべきだが、再生可能エネルギーで電気料金が大幅に上がるのであれば、原子力の利用もやむを得ない。

  • 電力需要を安定的に賄うためには、理想論ではなく現実的なエネルギーを使うべきだ。

  • 原子力発電所の建設によって地元産業の育成や地域振興につながるのであれば、一定程度は許容できる。

  • 自分が住んでいる地域でなければ、それほど身近な危険ではないので、立地自体には反対しない。

このように、何を重視するかによって、原子力発電への評価は簡単に変わってしまいます。そのため、ある一つの問題について理解を得られたとしても、別の不安や疑問が浮かび上がり、PRの効果がなかなか積み重なりません。

 

原子力発電に対する国民の多くは、「絶対に必要だ」とも「絶対にやめるべきだ」とも強く主張していないのではないでしょうか。

むしろ、「自分に直接的な不利益がなければ、あっても仕方ない気はするが、できればない方がいいのかもしれない」という、非常に曖昧で距離を取った立場の人が多いように感じます。

しかし一方で、原子力を使わない場合の具体的な代替案(どのエネルギーで、どれくらいのコストで、どの程度安定供給できるのか)について、踏み込んで理解している人は、決して多くありません。

 

このような状況では、いくら論理的に「原子力は必要だ」「現実的な選択肢だ」とPRを行っても、感情に訴える反対論を完全に打ち消すのは難しいでしょう。

PRの世界では、ストーリーによって感情に訴える手法が非常に効果的だとされています。しかし原子力の推進側は、感情に訴える材料がどうしても乏しく、安全性、コスト、安定供給といった論理的説明に頼らざるを得ないのが現実です。

一方、反対派の主張は、「事故への恐怖」「将来への不安」「万が一への懸念」といった感情に直接訴えかける要素が多く、特に強い意見を持っていない人ほど、その声に引き寄せられやすくなります。

 

原子力のPRが難しい最大の理由は、論理で説明しなければならない推進側と、感情で訴える反対側の土俵がそもそも違う、という点にあるのだと思います。

理屈としては理解できても、気持ちとしては受け入れきれない。その“違和感”をどう埋めるかが見えない限り、原子力PRはこれからも難しいままでしょう。

 

これまで述べてきた数々の問題点は、そのすべてが絡み合っています。だからこそ、単発のPRや一方向の説明ではなく、国民一人ひとりの立場や感情を前提にした、長期的な対話とストーリーづくりが求められているのではないでしょうか。

 
 

~変わらないお正月と、変えていきたい一年のはじまり~


新年あけましておめでとうございます。今年もこのブログを通して、PRの仕事をしていて感じたことや、日々の出来事から考えたことを、自分なりの視点で綴っていきたいと思います。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

私のお正月の過ごし方は、毎年ほとんど変わりません。元日の朝は、近所の西新井大師へ初詣に出かけ、家でお雑煮を食べてから、その後、両親の墓参りのために生まれ故郷に帰ります。そこから兄家族の家に立ち寄り、お正月を祝う食事を囲むのが恒例です。

車での移動なのでお酒は飲めず、家に戻ってからようやく一杯。

お酒を飲みながら「格付けチェック」を観て、元日は静かに終わります。この流れも、ここ数年ほとんど変わっていません。

 

2日、3日は箱根駅伝のテレビ観戦でほぼ終わります。

私にとって箱根駅伝は、ランニングが趣味であることもあり、一年を通しての大きな楽しみです。加えて、母校である中央大学を応援できるという点でも特別で、数あるスポーツイベントの中でもおそらく一番好きな大会だと思っています。今年は中央大学が上位争いをしていたこともあり、テレビに映る機会が多く、例年以上に応援にも熱が入りました。

 

コロナ禍で兄夫婦の家に行けなかった年には、ショッピングモールの初売りに出かけたこともありましたが、今は欲しいものがあれば家族で出かける、という程度になりました。無理に「初売りに行かなければならない」という感覚も、いつの間にかなくなっています。

 

私が子どもの頃は、お正月になると多くのお店が休みになり、事前に買いだめをしておかないと困る時代でした。

街全体が静まり返り、「お正月はみんな休み」という特別な空気が確かにあったように思います。

今では、スーパーだけでなく年中無休のコンビニもあり、生活用品に困ることはまずありません。便利になった一方で、お正月ならではの非日常感は薄れてきたのかもしれません。

ただ、ここ最近は働き方改革の影響もあってか、正月三が日を休業する店も増えてきました。今年は一部を除いて元日はほぼ休みとなり、ある意味「本来のお正月らしい風景」が少し戻ってきたようにも感じました。

テレビ番組については、昨年のブログでも書いた通り、特番が中心で、特に観たい番組が多いわけではありません。そう考えると、今後も私のお正月は、箱根駅伝を中心に静かに過ごすスタイルが続いていきそうです。

 

お正月だからといって、何か特別なことをしなければならないとは思っていません。それでも、一年の区切りとして立ち止まり、これからの一年をどう過ごすのかを考える時間を持つことは大切だと感じています。

年の初めにいろいろと考えても、結局実行できないことが多いのが正直なところです。今年こそは、少なくとも一つは「これはやり切った」と言えることを増やしたいと思っています。


相変わらず取り留めのないブログではありますが、今年もPRの仕事を通じて感じたことや、日常の中で考えたことを、自分なりの言葉で書き続けていきます。

本年も、どうぞ変わらずお付き合いいただければ幸いです。

 

 
 

気がつけば、世の中はすでに仕事納め。街はすっかり年末モードですが、なぜか私は本日30日も出勤しています。

とはいえ、決して社員を巻き込んでいるわけではありません。社員は全員、きちんと年末年始休暇を取得しています。

この時期に出てきているのは、社長である私にしかできない仕事が残っているからです。

それにしても、年を重ねるごとに一年があっという間に過ぎていく気がします。ついこの前、「今年も始まったな」と思っていたはずなのに、気づけばもう今年も終わり。カレンダーを見て毎年同じことを言っているような気がします。

 

以前、NHKの「チコちゃんに叱られる!」で「大人になるとあっという間に時間が過ぎるのは、トキメキがなくなったから」と紹介していましたが、なるほど、と妙に納得してしまいました。

確かに最近は、ときめくことよりも心配事のほうが先に浮かびます。日々の仕事に追われ、「今日も一日が終わった」と思う間もなく、次の予定、次の課題が目の前にやってくることばかりなので、楽しみよりも「やらなきゃいけないこと」が増えているのは間違いありません。 

それに加えて、年齢のせいか、失敗をあとから思い出して後悔することも増えました。「ああしておけばよかった」「あの時、別の選択もあったな」など、振り返っても仕方のないことを、つい考えてしまいます。

だからこそ、来年こそは、後悔しそうなことはできるだけ減らして、少しでも「ときめく」と感じられる仕事や出来事を増やしていきたいと思っています。忙しさに流されるだけでなく、「これは面白い」「これはやってみたい」と思える時間を、意識してつくりたいものです。

……とはいえ、実際にできるかどうかは、正直なところ自信がありません。毎年、同じようなことを言っている気もしますしね。

 

「あっという間だったけれど、いろいろあった一年だったな」と、反省などを込めて最後のブログを書いています。

今年もこのブログを読んでくださった皆さま、仕事で関わってくださった方々、支えてくれた社員、そして家族に、あらためて感謝の気持ちを伝えたいと思います。

思うようにいかないことも多い一年でしたが、それでも続けてこられたのは、周りの方々のおかげです。

今年も本当にありがとうございました。

 


 
 

著者・橘川徳夫 プロフィール

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中央大学経済学部卒業。大学時代は、落語研究会に所属するほどの話好き(うるさいというのが周りの評価?)。座右の銘は「無知の知」。大学卒業後、電力会社や生命保険会社での勤務を経て、2001年ウインダムに入社。過去の様々な業務経験を活かして、PR業務に携わってきた。

落語研究会で養った自由な発想をもとに、様々なPRやマーケティング企画を立案。業務を通して蓄積した広範な業務知識をベースに、独自のPRコンサルティングがクライアントに好評を博している。趣味はランニングと読書。本から新たな知識を見つけたり、ランニング中にアイデアを思い浮かべる。

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