【PRおじさんのぼやき】昭和の名曲『木綿のハンカチーフ』を今聴くと
- 徳夫 橘川

- 2 時間前
- 読了時間: 3分
太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」は、昭和を代表する名曲です。
私も大好きな一曲で、若い頃はよく口ずさんでいました。先日、ランニングをしながら「昭和の名曲」を聴いていたところ、この曲が流れてきました。
懐かしい気持ちで聴いていたのですが、不思議なことに、昔とはまったく違う感想を持ったのです。
若い頃の私は、この歌を「都会へ出た恋人が故郷を忘れ、都会で生きていくことを選び、田舎に残った女性の切ない気持ちを歌った曲」だと思っていました。
ところが、改めて歌詞をよく聴いてみると、少し印象が変わりました。
都会へ出た彼は、故郷の恋人を忘れたわけではありません。
プレゼントを贈り、新しい流行を伝え、離れていても彼女を喜ばせようとしています。
決して冷たく突き放しているようには思えないのです。
一方、彼女は都会へ行こうとはせず、「昔のあなたのままでいてほしい」と願っています。
もちろん、昭和の時代ですから、今のようにSNSやビデオ通話はありません。
連絡手段は手紙や電話くらいで、お互いの気持ちが十分伝わらなかったこともあったでしょう。
それでも、彼には彼なりの生き方があり、夢があったはずです。
その変化を受け入れようとしない彼女を見ていると、「彼のほうが少しかわいそうではないか」と思うようになったのです。
歌の最後で別れを選ぶのは彼です。
昔は「都会に染まってしまった彼が悪い」と思っていましたが、今は「価値観が変わってしまった二人には避けられない結末だったのだろう」と感じます。
もしかすると、このように感じたのは、最近読んだ凪良ゆうさんの『汝、星のごとく』の影響もあるのかもしれません。
この作品では、お互いを深く思い合いながらも、それぞれの事情や人生によって一緒になれない男女が描かれています。
その恋愛を読んだ後だったからこそ、『木綿のハンカチーフ』の二人は、「もう少しお互いを理解できなかったのかな」と思ってしまったのでしょう。
もっとも、昭和と令和では時代背景がまったく違います。
もちろん、この歌を今の価値観だけで評価するのはフェアではありません。
昭和と令和では、恋愛観も生活環境も、そしてコミュニケーションの手段も大きく違います。
情報は限られ、都会と地方の距離も今よりずっと大きかった時代です。
今ならSNSやオンライン通話で毎日のように顔を見ながら話せますし、地方にいても都会の流行はすぐに知ることができます。
実際「木綿のハンカチーフ」以外の昭和のヒット曲を歌詞まで読み返してみると、「これ、今だったらモラハラかな」「いや、パワハラ?」「セクハラと言われるかもしれないな」と思ってしまう歌が意外とあります。
年齢を重ねると、同じ歌でも主人公が違って見えたり、共感する相手が変わったりします。
昭和、平成、令和――。それぞれの時代に名曲がありますが、その変化を楽しめるのは、長く生きてきたおじさん世代の特権なのでしょう。
さて、次に昭和の名曲を聴いたら、今度はどんなツッコミを入れたくなるのか。
そんなことを考えながらランニングしている私は、歌を聴いているのか、それとも歌詞を添削しているのか、自分でもよくわからなくなっています。





コメント